雑筆23 少子化対策

ビジネスの世界では、宗教と政治の話はタブーだと教わりました。日本人は、友人との普通の会話の時でも、政治の話をすることは少ないです。「和」を重視して、議論を嫌う国民性もあるのかもしれません。アメリカでは、ミュージシャンや映画俳優が「政治的な発言」をするニュースをよく見ます。そうしたニュースに、私はミュージシャンなら音楽を俳優なら演技などの本業を一生懸命すれば良いのにと思っていました。日本では、芸能人が政治的な発言をすることに対して否定的な意見が多いように感じています。ビジネスパーソンなら、政治のことではなく、ビジネスについて一所懸命考えればよいと思っていました。最近はその考えは、間違った刷り込みだと感じています。ビジネスでもエンターテインメントでも、目的は「人を幸せにする」「社会を豊かにする」ことです。その目的ためには、政治が大きく関わります。私は、友人との会話では、仕事の話はしますが、政治の話をすることは避けてきました。こうした話題は苦手でした。しかし、これからは、政治は社会に大きな影響を与えるのですから、日常生活の中で、もっと普通に話をしいこうと思っています。

 

与党の最大の支援組織は「野党」だと思っています。私は、選挙では、消去法で党を選択しています。本当の気持ちは、ポーカーでいえば手か悪すぎますから、「全とっかえ」でカードを変えたいです。自分たちの利益と既得権を守ることにしか関心のない政党と政治家ばかりに見えます。最近のネットの投稿を読むと「国民の怒り」を感じます。政治への関心が高まっているのを感じます。ネットの時代ですから、既存の政党とは全く違う、若者主体の「新しい国民のための政党」が出てきて欲しいと願っています。ニュースでは、投票率の低さを、国民のせいにして責めますが、選択したい政党がないと国民に感じさせている政治家への批判はありません。とんでもない政治家が当選することもありますが、選んだ選挙民が悪いという意見は見ますが、「どんな政治家を選んでも、どうせ大して変わらない」と国民が考えるようなレベルの政治家からの反省の弁を聞くことはありません。自分の地位さえ守れれば現象維持が望ましいと考えているように見えます。最近は「マニフェスト」も発表しないようです。面倒な仕事を増やさないためも、投票率は低いままの方が都合が良いのでしょう。官僚を替える力は国民にはありませんが、政治家を替える力は国民が持っています。

 

私は、地上波でテレビを見ていませんし、新聞もとっていません。政治のニースは、「不愉快な気分になる」ニースがほとんどですが、我慢してでも、政治への関心を持つことから始めます。ヤフーニュースは見ます。ニュースの分類に「政治」があっても良いと思います。今日の国会の審議の要約があれば見やすいです。「今夜もお伝えしなければならないニュースがあります」からスタートするワイドショーがあるようです。大手メディアは「スキャンダル」などの、「どうでもよいニュース」を長時間放送していますが、国民の生活に大きな影響を与える「政治」についての放送はほとんどありません。国民の関心をそらすために、芸能ニュースなどをあおっているようにも感じています。マスコミには本当に必要なニュースを国民に伝えているという自負はあるのでしょうか。「ペンは剣よりも強し(言論の力は、権力や武力よりも大きな力を持っていることのたとえ。)」は死語です。今やマスコミは「権力組織」を維持するための一部機関になっています。

 

松下幸之助氏は、日本の将来を憂いて、次代の国家指導者を育成するべく私費70億円を投じて1979年に「松下政経塾」を設立しました。政経塾の理念は、「私たちは、この研修によって正しい社会良識と必要な理念、ならびに経営の要諦を体得した青年が、将来、為政者として、あるいは企業経営者など各界の指導者として、日本を背負っていくとき、そこに真の繁栄、平和、幸福への力強い道がひらけてくるとともに、世界各国に対しても、貢献することができるものと確信するものである」です。現在まで、多くの国会議員や地方議員を輩出していますが、松下幸之助氏の思いは生きているのでしょうか。個人的には、もし存命なら、直接「松下党(仮)」を立ち上げてほしいです。既存の政党と政治家への期待は私の中にはありません。

 

富国強兵とは、明治政府が経済の発展と軍事力の強化によって近代的な国家をめざした目標です。今の日本に必要なのは、国民が豊かになって、幸せな国になる「富民幸国」です。国民の一人一人が豊かになれないで、なんで「幸せな国」になるのでしょうか。「異次元の少子化対策」などといって、少子化対策年3兆5000億円の予算を見込んでいます。「日本の少子化は何とかしなければならない」との否定できない正論で増税をしようとしています。少子化対策以前に、親が貧しくなって、何の少子化対策なるのでしょうか。安心して子育てができる環境が無くて、どうして子供を育てようと思えるのでしょうか。今の日本の政治は、国民を貧しくする政治しか考えていないように感じています。

 

少子化対策の柱は、1)児童手当など経済的支援の強化、2)学童保育や病児保育、産後ケアなどの支援拡充、3)働き方改革の推進が主な施策ですが、このような施策では、少子化の対策には効果が限定的だとされています。合計特殊出生率とは、1人の女性が生涯のうちに産む子どもの数の平均のことです。1.5未満が「超少子化」とされ、1.3未満はさらに深刻な区分になります。人口の維持には2.06~2.07が必要とされています。厚労省人口動態統計では、22年の出生数は80万人割れ、出生率は過去最低の1.26になっています。

 

少子化の大きな問題は、人口の減少です。厚労省のデータでは、2020年の日本の総人口は、1億2615万人、外国人比率は2.2%です。ですから日本人の人口は、約1億2337万人です。2050年の日本の総人口の予測値は、8700万人、外国人比率は10.8%です。日本人の人口は、7760万人です。国立社会保障・人口問題研究所の2100年の日本の総人口の予測値は、6280万人、外国人比率は15%以上です。最低でも、日本人の人口は5338万人です。今後80年で日本人の人口は57%以上減少します。4600万人の推測値もあります。その時は、日本人の人口が、今の1/3になります。日本人は絶滅危惧種だとの意見もあります。口先だけの異次元の少子化対策で何が変わるのでしょうか。数値目標もなさそうです。少子化対策は、増税と政治家の利権と官僚の権限の増大のためのものに見えます。岸田総理は、「日本を移民大国にする」と発言しているようです。日本は世界で一番長い歴史のある国家です。2022年で建国2679年を迎え、ギネス検定も受けています。日本はご先祖様から受け継いだ素晴らしい国です。日本が永遠に続いていくことを願っています。

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