雑筆10  心理的資本

会社の運営や発展に、最も大切な資源は人材です。成果を生み出す人材は、どのような人なのか、これまでに多くの調査・研究が行われてきました。近年、人材マネジメントを、人材1.0と2.0と3.0の3階層に分けて考える理論もでてきました。①人材1.0=人的資本(Human Capital)。知識、スキル、能力。これまでの経験など「何を知っているのか」が重要であるという考え方です。付加価値を生み出す源泉となるものです。知識やスキルを身につけてもらうために、企業が様々な研修を実施ししたり、学習環境を整え機会を提供したりするのはこのためです。②人材2.0=社会関係資本(Social Capital)。人間関係、信頼関係。がどのような人とつながり、コミュニケーションをとることができるのかということです。「誰を知っているのか」が重要であるという考え方です。自分以外の様々なリソースが活用でき、新たな価値を生み出すことが可能になります。豊富な知識・スキルを持ち合わせていたとしても、それだけでは成果に結びつくパフォーマンスを発揮することはできないと考えられています。③人材3.0=心理的資本(Psycological Capital)。そして今注目されているのは、その人がポジティブな心理的エネルギーをどれくらい持っているかが成果やパフォーマンスに影響を与えるという考え方です。心理的資本は自律的な目標を達成するための原動力であり「何をやろうとするのか」という根底にある意志と、そこからの行動を支えるやる気の源泉です。ポジティブな状態でなければ、知識やスキルを活かそうとしないかもしれません。また人的ネットワークも活かそうとしないかもしれません。

そうした流れで、「心理的安全性」よりは有名ではありませんが、「心理的資本」も注目されています。心理的資本とは、働く人が仕事に対して自信や希望を持ち、自ら目標を設定して物事に挑戦し、自律的に前に進んでいくことができる心の状態のことを指します。資源を積極的に活用するための原動力と考えられています。経営学のフレッド・ルーサンス教授を中心に2002年ごろに提唱された、ポジティブ心理学の研究テーマの1つとして知られています。「心理的資本」は、「ホープ(Hope:希望)」「エフィカシー(Efficacy:自己効力感)」「レジリエンス(Resilience:回復力)」「オプティミズム(Optimism:楽観性)」の4つの要素から構成されています。その頭文字をとって、HERO 「the HERO within(自分のなかにいる英雄)」と表現されることもあります。①Hope・希望。目標達成力、意志力、発想力。目標に対する熱意や積極性。ストレッチ(背伸び) した目標設定。目標等の到達方法による多様な発想。②Efficacy・自己効力感。自信、自己肯定力。「自分ならできる」「きっとうまくいく」と思える認知状態のこと。成功体験。モデリング、ロールモデルを持っている。メンターの励ましがある。うまくそれができるという予測。③Resilience・回復力。心の回復力。心のしなやかさ。立ち直る力。ストレスへのコントロール。アセット(資産、資源、財産)を生み出そうとする価値観。考え方や行動をパターン化できる。逆境や対立、失敗などから回復したり、跳ね返したりする能力。④Optimism・楽観性。楽観的に将来への改善に努力する姿勢。現在への感謝。将来への機会探索。現在および未来における成功をポジティブな要因に結びつけることです。私見ですが、心理的安全性」は組織のコミュニケーションの状態にフォーカスし、「心理的資本」は、個人の心の状態にフォーカスしていると考えています。

心理的資本が注目されている理由は。現在はビジネス環境が激しく変わり続けており、以前の産業構造では役立っていた知識やスキルがすぐに廃れてしまうことも少なくありません。変化に対応するため、高い心理的資本を保ち、新しいことを学んだり挑戦したりできる人材が求められるようになってきています。心理的資本は、比較的に能力やスキルに近いものと考えられています。開発し高めることができ、一度高まると簡単には喪失しない資本です。分かりやすく表現すると①人的資本は知識スキルの能力。②社会的資本はコミュニケーション能力。③心理的資本は前向きな心の能力になります。知識能力が高くても、成果を出せないのは、②社会的資本と③心理的資本が不足していることが原因の一つと考えられるようになりました。

従来は、企業の採用は、①人的資本は知識スキルの能力を高い人を重視して採用してきました。そしてさらに能力高めるために教育するという観点が主でしたが、これからは、それだけでなく、②社会的資本はコミュニケーション能力がどうなのか、③心理的資本はどうなのかの観点も考えて、採用する必要があります。高い成果を出し続けるためには、継続して高いモチベーションを維持する心理的資本が重要だと考えられています。

松下幸之助氏は、採用試験の時に、「君は運がいいか?」と聞いていそうです。その質問の理由は、「自分は運が強いんだと確信していれば、どんなことも受け入れて立ち向かう勇気と力が生まれてくる。人から見ると決して運がいいとは思えない状態であっても、自分は運がいいと思える前向きな考えができる人がふさわしい」と考えていたのからです。

稲盛和夫氏は、成功の方程式として「人生と仕事の結果」=①「考え方」×②「熱意」×③「能力」を挙げています。①「考え方」は、生きる姿勢や物事の捉え方のこと(点数はマイナス100点からプラス100点)。②熱意」は、モチベーション、やる気や情熱を持って努力できるかということ(点数は0点から100点)。③「能力」は、頭脳や運動神経、身体的特徴、身につけた技術的なスキルなどのこと(点数は0点から100点)のスコアに分けています。考えるポイントは3点あります、1点目は、成果を上げるために必要なものは「能力」だけではない。どれだけ能力があっても、それだけでは大きな成果を上げることはできない。そこに「熱意」と「正しい考え方」が加わることで初めて大きな成果につながる。2点目は、「考え方」についてのみ点数が「マイナス」になることがある。人間は、どんな人でも「熱意」と「能力」がマイナスということはないが、一方、「考え方」は人に害をなしたり、破滅を招いたりするようなマイナスの考え方をする場合がある。3点目は、全てが「かけ算」である。成功の方程式では、各要素を「足し算」ではなく「かけ算」で計算しています。ほんの少しの違いが結果に大きな違いを生むことになります。また、高い能力と熱意を持った人が誤った「考え方」をしたら、より大きなマイナスの成果を生み出すことになります。

松下氏や稲盛氏の若い時は「心理的資本」と言う言葉はなかったと思いますが、二人とも「心の在り方」が大切と考えていたのでしょう。採用に関しては、能力だけでなく「心の健全性」を重視する時に来ています。「健全な企業であること」が大前提ですけれども。

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