雑筆6  ゴルフと人生

私がゴルフをしていた時のスコアは、たまに奇跡的に100が切れる程度の腕前です。今ならYouTubeでゴルフのレッスンもたくさんありますから、もっとゴルフは上手になれた気がします。当時を思い出すと、何も考えずに、飛ばそうとして、やみくもに力任せにクラブを振っていました。OBも頻繁に出していました。バンカーからはうまく出せません。パッティングもいきなりカップ入れようとしてオーバーして、3~4パットもありました。

ど下手の素人ゴルファーの私見ですが、ゴルフ番組を見ていて優勝する選手の共通点は、基礎となるテクニックがあってのことですが。まず1番目は、パットが上手です。「パットイズマネー」とよく聞きますが、和製英語らしいです。英語では、「Drive for show, putt for dough.(doughは金の意味を持つ俗語 )」と言うようです。とにかく勝ち残るためには、距離があるパットでも、少なくとも「1パット」圏内まで寄せることが必要です。250ヤードのショットも50センチのパターも、同じ1打です。3パットする選手は勝てません。2番目は、グリーンに乗せるアプローチショットが上手です。グリーンを外さずに、ピンにピタッと寄せます。3番目は、テーショットがある程度飛ぶことが前提ですが、ドライバーが大きく曲がりません。1ホールごとに脱落する試合ではOBを出すと、ほぼその時点で脱落が確定です。4番目は、優勝する選手は、コースマネージメントが優れています。ゴルフ場のコースは、バンカーや池やOBゾーンや木が巧みに配置されています。グリーンも平らでなくアンジュレーション(undulation.地表の起伏。)があります。私はコース攻略方など全く考えずに、とにかく全ホール少しでもグリーンに近づこうとしていましたが、プロはグリーンのピンの位置から、逆算して、ボールをどこに置くかを考えてショットしています。目標から逆算して使うクラブやプロセスを決めています。そして5番目は、プレッシャーに強いことです。私でも番組を見ていて優勝が決まる瞬間は、ドキドキします。プレーをしている選手はもっとドキドキしているはずです。普通なら、外さない距離のパットを外すことがあります。最後は、気持ちの強さが勝敗を分けます。

私の友人には、ゴルフを好きな人が多いです。お金と時間と体力がある(羨ましい)人は、年間、50回以上コースに出る人が何人もいます。なんで多くの人がゴルフに夢中になるかと考えたら「難しい」からです。もしコースにバンカーも池もOBも木もなくて広々としていたら、もしグリーンが平らで、ホールの直径が、10.8センチでなくて1メートルだったら、誰もが良いスコアが出るでしょうけれども、誰もゴルフに行かなくなります。ゴルフが面白い理由は「人生に似ている」からかもしれません。誰もが楽な人生を望んでいます。できれば、働かなくて済むぐらいお金持ちで、日々悠々自適の生活ができたらといいのにとあこがれます。でももし本当にそんな夢が実現したら、日々何をして過ごせばいいのでしょう?私は日々何を考え、どのように成長していけばよいのでしょうか? もし、全てが満たされていたとしたら、きっと私ごときはくだらない人生を送ってしまう気がします。 ユニクロの柳井社長やソフトバンクの孫社長などのように、仕事をしなくても一生贅沢しても使いきれないぐらいのお金持ちはいます。でも、大金持ちの人でも、私の知っている範囲では、皆さん日々仕事をしています。仕事が好きなこともあるのでしょうが、すすんで苦労をしているようにも見えます。色々な困難にぶつかりながら解決していくことに生きがいを感じているのかもしれません。定年を迎えて私の知り合いのお金の心配のない人も、働こうとしています。生きがいとは、お金の量だけで決まるものではないのでしょう。

すべてが満たされていることが、必ずしも「幸せ」ではないのかもしれません。もし天国と地獄があるならば、私は、やっぱり天国に行きたいです。私が思う天国は、病気もなく年を取ることも死ぬこともありません。飢えもなければ空腹もありません。寒さも暑さもありません。たぶん憎しみや恐れや悩みもないはずです。永遠の時間だけが流れます。もし万が一私が天国に行けたとしたら、日々何を考えて、何をして過ごせばよいのでしょうか?想像できません。現実の世界は不完全です。貧困も戦争もあります。矛盾と理不尽と悩みだらけです。それでも、天国よりは、現実の世界の方が、生きている実感が持てる気がします。昔見た映画『キングダム・オブ・ヘブン』の中に「良き世を作るのが人の務め」とありました。聖書の創世記1章28節には「神様によって作られたこの世界を正しく管理するようにゆだねられた」とあります。「すべての人が、何らかの使命を持って生まれて来た」と言われることがありますが、「自分の使命」を理解することは難しいです。たとえ大したことは出来なくても、少しでも誰かのために、少しでも世の中のために、役立つことができたなら、生まれてきた意味があるのかもしれません。

カテゴリー: エッセイ   この記事のURL