明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。毎年、元旦の映画の日には映画を観ます。今年は「レ・ミゼラブル」です。去年は「山本五十六」でした。レ・ミゼラブルは1815年のフランス革命のころ、山本五十六は1945年の第二次世界大戦のころの話です。
過去の出来事を映画で見たり小説で読んだりした時にいつも感じることは、いつの時代も今は過去よりも良くなっていることです。一直線ではなく蛇行しながらでも、常に世界は良い方に進んでいます。マスコミは常に国家存亡の危機などの悲観論をしますが、それがマスコミの役割です。個人がネガティブな情報に囚われても、プラスは何もありません。未来を信じた方が間違いなく、個人も良い方向に進みます。
現代の私たちの生活は、江戸時代の徳川家康より贅沢な暮らしをしています。そんな話を友人としたら「でも大奥は持っていない」と言っていました(苦笑)。確かにそうですが、大奥は窮屈な生活で、それほど楽しそうにも思えません (無理していませんよ) 。食べ物も美味しくなさそうです。江戸時代には大飢饉が何度もあり多くの庶民が亡くなっています。平安時代は40歳を超えると長寿になり10歳ごとに算賀のお祝いをしていました。
最近の若い女性は、太るからと言ってあまりご飯を食べない人が増えているようですが、少し前までの、日本人の夢の一つが「一度でいいから、白いお米をお腹いっぱい食べたい」でした。ちなみに僕の一番の好物は「炊き立てのご飯」です。「食べ物で何が好きですか?」と聞かれた時は、引かれると嫌なのでその場に応じた答えをしていますけど。漢字の「気」の中の「メ」の文字は、旧漢字では「米」です。日本人はお米のご飯を食べると、気力が湧き、気が充実すると信じています。遺伝子操作もされていない一番安全な食べ物です。
世の中が良い方に進んでいく推進力は、何があっても進んでいく強い力があります。コンサルの思考プロセスの一つに「もし、何々があったら」や「もし、何々がなかったら」と仮説を考える手法があります。仮に歴史で「もし関ヶ原の戦いで豊臣方が勝利したら」「もし幕末の薩長と幕府の戦いで薩長が負けていたら」と想像してみると、今の世の中とそれほど変わらない気がします。
今の世の中を作ってくれたのは過去の人々です。お腹いっぱいにお米のご飯を食べられるのは、それを願い努力してきた、ご先祖様のおかげです。ご先祖様に「借りがある」といえます。人として借りたものは返す義務と責任があります。ご先祖様に直接は返せませんから、次の世代に返します。ご恩を受け渡す「恩送り」です。
人が生きている意味の一つは「今日より明日を素晴らしい日にする」(自分を社会を未来を)ことです。僕の好きな言葉に、美空ひばりさんの「今日の我に明日は勝つ」があります。毎年、新年のスケジュール帳に、この言葉を最初に書いていたと聞きました。一人一人の願いしだいで、明日は今日より素晴らしい日になります。
