辞世の句 LM95

ドラマは見ていませんが芦田愛菜さんが、細川ガラシャを演じたと聞いて、細川ガラシャの辞世の句を思い出しました。辞世とは、この世に別れを告げることを言い、そこから、人がまもなく死のうとする時に詠む歌を指します。死の直前ですから、その人の人生への思いが凝縮されています。その人の一生を表しています。若くして亡くなった人もいれば、寿命を迎えた人もいます。印象に残っている「辞世の句」を挙げてみました。
・細川ガラシャ「散りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ」享年36~37歳。明智光秀の三女で細川忠興の妻です。本能寺の変後「謀反人の娘」として幽閉されるが豊臣秀吉に許される。関ヶ原の戦いの前に石田三成がガラシャを人質に取ろうとした際にそれを拒絶し、自殺はキリスト教で禁じられているため、家老が介錯したと伝えられています。戦国の世に心の救いを求めてキリシタンになったのでしょう。大名の正室としての覚悟を感じます。 
・吉田松陰「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」(弟子宛)「親思ふ 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん」(親宛) 享年30歳。 安政の大獄の最後の刑死者、11歳にして藩主毛利慶親に講義を行うぐらい聡明の子供でした。「松下村塾」が有名ですが、教えていたのは3年位でしたが、高杉晋作や伊藤博文や山縣有朋など明治を作った多くの人が輩出しています。誠一筋の人です。安政の大獄も自ら罪を告白して死罪になりました。国と両親への強い愛を感じます。
・高杉晋作「おもしろき こともなく世を(に)おもしろく すみなすものは 心なりけり」享年29歳。下の句の「すみなすものは~」は、高杉を看病していた野村望東尼という女流歌人が付けた句といわれています。恋人との説もあります。僕の高杉の印象は粋な人です。自由闊達に思うまま生きた魅力的な人です。
・在原業平「つゆ(い)にゆく 道とはかねて聞きしかど 昨日今日(きのふけふ)とは 思はざりしを」享年56歳。「伊勢物語」のモデルです。日本史上に残るモテ男で美男子として有名です。元々は天皇家の人です。スキャンダルで京都から東国に左遷されています。百人一首の「ちはやぶる」は業平の歌です。墨田川にかかっている「業平橋」「言問橋」は業平が由来です。この句に悲壮感は感じられません。明るくて無邪気な人柄を感じます。ハンサムで和歌も上手いうえに、愛されキャラだったのでしょう。
・豊臣秀吉「露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」享年62歳。 厳しい身分社会の時代に、最下層から、最上位まで(天皇を除く)登り詰めた、日本一のサクセスストーリーです。成功者のロールモデルとして、いまなお日本人に希望を与えてくれています。波乱万丈の一生で、栄華を極めましたが、振り返れば一瞬の夢のような出来事だったのでしょう。
・松尾芭蕉「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」享年50歳。紀行は40歳から奥の細道は45歳の時です。病の床でも旅で回ったところを思い出しながら、心は旅を続けていたのでしょう。
人はいつかは死にます。誰もが一所懸命に生きています。後悔ばかりだとしても。辞世の時に「まあまあいい人生だったな」と思えるのが幸せな一生なのかもしれません。

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